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気まぐれ東大生の思想

〜僕は何のために生まれてきたのか〜

お久しぶりです。
そろそろ新卒研修も終盤に差し掛かっています青山(クロ)です。

勉強が嫌いな僕が卒論が終わった3月にインプットを始めると宣言してもう三ヶ月が経とうとしています。

今まで20冊くらい本を読み、多少役に立つ知識は増えましたが、触れた知識の量に対して得られたものは考えていたほど多くはありませんでした。

僕が大学生活において経験し考え込んできた「知恵」の方がよほど自分にとっては説得力があり、影響力があります。

優秀な人間の思考を覗くという観点、情報を得るという観点での読書は重要な営みではあると思いますが、それのみに力を割く日々を過ごしてはいけない。読書は補助の域を超えてはいけないのではないかと考えるようになりました。

今は、読書筋トレ美容健康と自分の基礎を高める習慣のみが異様に発展しています。しかし、このような着実に効果が出ることのわかっている努力だけではなく、「実るかどうかわからない努力」をしていかないと、僕は前人未到のステージにはたどり着けず単なる「多少優秀な人」で終わってしまうのではないか。そんな気がしています。

実るかどうかわからないからこそ、僕の中には自信が必要です。この努力はいつか必ず形となるという根拠のない自信が
。そのためには僕が一歩踏み出す先は僕の本質に向かわなければならない。

僕の本質とは何なのか?
僕は自分のリソースとして何を持っているのか。
悠長な時間はありません。
残り一ヶ月でそれを確実に見つけたいと思っています。
客観的に見て皆さんの目に僕はどう映っているのかを教えていただければ幸いです。

僕が生まれた時にやってきた預言者然り
僕が今持っている根拠の無い使命感然り
全ては単なる馬鹿げた妄想なのかもしれません。
ただ僕はその道を選ぼうとしている。
それは事実です。

幸か不幸か、僕には「失うもの」はありません。
僕が野垂れ死んでも悲しむ人はいるかもしれませんが
困り果てる人はいません。
僕はそれもまた「運命」だと考えています。

僕は大切な人がいれば必ず守りに入ってしまう
何らかの「意志」が僕にそれを持たせなかった。
僕には成すべき事があるから。
単に僕の人間性の問題であったのかもしれませんが(笑)

僕は無信教ですが、運命の存在は信じています。
全てが何処かに僕を導いていると。
僕はその流れに身を任せただ自分を振るうのみです。

今は自分を知る
それが僕のテーマです。

なんだか、とても頭の悪そうな文章が出来上がってしまいました。
でもまあ、未熟な僕には皆さんに役立つ素晴らしい「知恵」はありませんので、
僕が迷い導いている思考の仮定をただ吐き出している。
そんなものだと思って温かい目で見ていて下さい。

〜追伸〜
今は街に出て人を惹きつけているものを観察することにハマっています。興味のある方はご一緒できればと。

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