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気まぐれ東大生の思想

「自分の考え」で生きること

さて、脳力も筋トレと同じで、最大出力を強化するには短時間で爆発的な出力を発揮する必要があると信じ、普段の生活では1ミリも頭を使っていない青山和暉です。

最近はもっぱら大学の卒業論文の「中間発表」なるものに身と心を削られ、意識不明の状態となっています。

息抜きになにか投稿しておこうと思います(前回投稿からの期間も空いていて結構題材は溜まっているので)

[quads id=1]今回のお題は「自分の考えで生きる」にしておきます。

受験期の話になるのですが、僕は他の人よりもかなり楽をしていたのではないかと思っています。(他の人のことは知らないのであくまでも推測ですが)

というのも、僕は蟻んこ並みのストレス耐性なので、世に言う「受験勉強」は絶対耐えられない人間であったからです。(ストレス耐性を強化している話はまたいずれします。。。)

そんな僕がどうやって何の苦もなく大学に合格できたか。

それは、「核を理解することを意識できていた」というのがとても大きな要因だったのではないかと最近では思っています。

僕の勉強に対するスタンスは「他の人間が10問例題を解いてその問題を理解するのなら、自分はその問題を一回とことん理解しきることで本質を掴みとろう」というものでした。

単に問題の解き方をパターンを覚え、それに当てはめることで問題を解けるようになっていうやり方と僕のやり方ではなにが違うのか。

一般的に、パターン化、教科書・参考書の暗記などは、他人の考えの引用でしかないと僕は考えています。そうではなく、提示されてる解き方のパターン、教科書・参考書の内容を参考にし、自分はどう理解するのか、どう自分を納得させるのか。僕の勉強はこれに尽きていたのだと思います。(ごめんなさい。問題集や教科書に載ってる解き方の紹介レベルの指導しかできない高校の先生の話は一ミリも聞いていませんでした。。。)

[quads id=2]さて、あまりしたくない受験期の話を引用して、何が言いたかったのかというと、「他人の言葉の引用は薄っぺらい」ということです。

ものすごくよく勉強していて、いろんな偉人・成功者の言葉を引き出しに持っている人ってたまにいますが、どこか味気ない気がする。その偉人の偉大なる人生の結晶として溢れ落ちたその言葉を、一回読んで感銘を受けたくらいで理解した気にはなっていないだろうかなんて思ってしまします。

この人はどうしてこの言葉にたどり着いたのだろうか。自分の価値観と戦わせてみるとどうなるのだろうか。こういった状況でこの言葉は何を意味するのだろうか。そう言った「核を探る試み」を通して、少しずつ自分自身の言葉へと昇華させていく。そこで初めて、自分は成長するのではないのでしょうか。

ここで誤解のないように言っておくと、他者の言葉の引用が不要だというわけではありません。いろんな引き出しを持っている人の話を聞いていると、自分の知らない興味深い言葉に出会え、考えるきっかけになることはあります。その意味で、そう言った人との会話も自分のプラスにはなりえます。ただ、その人との話の意味はそこで終わってしまう。後は自分で考えていくだけなのです。

自分自身の言葉を持っている人は、話していてとても面白い。その会話の中で考え、自分の今まで創り上げてきた価値観をぶつけることができる。そして、変えていくことができる。でも残念ながらそういった人に出会うことは滅多にありません。

つまるところ、事象でも知識でも本質を理解し、「自分の考え」に昇華する努力を怠るなということです。この投稿は、社会に出て時間が経ち、初心を忘れてしまった自分へのメッセージにでもしようかと思います。

[quads id=3]
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