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気まぐれ東大生の思想

人は誰しも長所と短所を持っている.長所と短所の明確な区別はないのかもしれないが.

自分の長所に目が行きがちな人,短所に目が行きがちな人,バランスのいい人.色々な人がいるだろう.

今回は,その辺の話について考えてみたいと思う.

人の世というのは,思っているよりも合理的なものであるという仮説を立ててみた.運が大きなウエイトを占めるのではなく,人には分相応の境遇が与えられるのだと.

自分はものすごく優秀なのに,妥当な境遇にいないと思っている人は,自分に見えている長所以上の短所に気づいていないだけなのではないか.

自分は本当にダメなのに,何故か恵まれていると思っている人は,自分に見えている欠点以上の強みを持っているのではないか.
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評価の対象が他者でも同じである.

あいつは冴えないのに,なぜモテるんだろうと思っている相手は,貴方がみている短所以上の魅力があるのかもしれない.

あいつは高スペックなのに,なぜ人気がないんだろうと思っている相手は,その見えているスペック以上の残念さがあるのかもしれない.

人の良し悪しなんてどの側面が見えているかというだけで,完全に把握しきれるものではないのである.

ただ,結果というものは運というわずかな不確定要素と共に,あくまで合理的にその人の有様を表している.

しかしコイントスと同じように,短期間ではもしかしたら一見不条理に見える状態というものはあるのかもしれない.

人の短所が多く現れる時期もある.その逆もある.

それでも人生という長いスパンではそれは均衡点に向かうだろう.

[quads id=2]

人を判断するとき,短い期間の結果に囚われていては不条理を招く.そして,その目で見ている相手は正しいものではない.

人を判断する側の立場にいる人は,短期間でのミスの連続で人を決めつけてはいけない.たとえ今までコインの裏がで続けていても次に表が出る確率はやはり1/2なのだ.

自分を判断するとき,俯瞰できないことを認識するべきである.短所も長所も誰にでもある.僕個人的には,長所を伸ばせばいいと考えている.受験と違って長所が短所を直接補ってくれることもある.何よりそれまで暮らしてきて,長く伸びたものの方が同じ比率で成長すれば,伸びる量は多いのである.

少し,話が混雑したが,結局状況を絞らないのならば全体的な意味で人を把握することはできない.

できないのだから,常に新しい見方で今目の前にいる他人を見ることができると良い.

そして,自分に対しては新しい未来をいかなる在り方で迎えるのかを考えていれば良い.

自分が優秀かどうかなんて,人生が終わって見ないとわからない. 

まとまりが悪くて失礼いたしました.まだ,考え切れていない部分の思想です.

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