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気まぐれ東大生の思想

「誰のために何をするの?」

「僕は貴方のために頑張るのでは無い

 貴方に笑ってほしい自分のために頑張るのである」

いつぞやの僕のtwitterの投稿の内容ですが,この言葉のに込められた背景や意味を解説します.

こんな声を聞きいたことがありました.(web上で)

「自分はこんなに尽くしているのに・・・」

「俺は家族のために働いてんだ.敬ってくれ」

こういった類の言葉を見たときに,当時の僕は強い違和感を覚えました.

自分の行動に見返りを求めることが悪だとは思いませんが,僕個人的にはその考え方を捨てることにしています.

そもそも,何故こんな不満が生じるのか.それは,「相手のためにしている」という認識を持っているからです.

以前あげた「全てのことは恩返し」,「人生の目的」といった投稿にも通じることですが,他人に良い影響を与える何かをする際に,僕が個人的にこう捉えるべきだと思っている考え方があります.

「全ては自分のためにしている」

「相手のためになる何かをしているのはその笑顔を自分が見たいからである」

こう捉えることで,自分の行ったことが自分の中で完結します.相手に見返りを求めない,相手からの施しが純粋に感謝できる.そんな捉え方をすることが自然な論理で可能になります.

ここで,さらに一段階上の問題に踏み込んでみようと思います.

「例え相手の笑顔が見られなくても,自分は相手にとって最善の選択肢を取ることができるか」

これはとても難しい問題であると考えています.

例えば,自分が嫌われてでも相手が幸せになる道を選べるか.相手と2度と会えない結果になっても良いか.

具体的で簡単な例は

「絶対にお見舞いに行かない方が相手にとっては良いということがわかった上で,お見舞いに行って相手の喜ぶ顔を見ることを諦められるか」といった感じです.

これが難しいのは,まず第一に自分の精神がそのレベルまで高まっている必要がある,そして,本当にそれが最善の選択肢だったというフィードバックがないためです.
実践しようと常に思考を巡らせていますが,今の僕ではまだ能力不足なのかも知れません.

そんなに難しく考えずに,思いのままに生きれば良いんだよという声が聞こえて来そうですが,僕のような人間出来ていない奴が楽に生きちゃうと自分の価値を失いそうで怖いのです...

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