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気まぐれ東大生の思想

〜他人のために生きる意味〜

〜他人のために生きる意味〜
こんにちは。
咳が止まらなくて歌えない青山です。
初めてのお給料も入りまして、無事4月やりきりました。
今週のテーマは
人はなぜ自分以外の人間の幸福を願えるのだろうかという問についての考察です。
最近少しずつ固まってきた人生の目標を共有してきましたが、いつも疑問に思っていることがありました。
太陽になって人の人生に影響を及ぼすことに僕の生きる意味は本当に存在するのだろうか。「他人のために生きたい、世の中に影響を及ぼしたい」という願望は、僕の偽善的な思い込みなのかもしれない。
最近読んでいた本にその問に対するヒントが書かれていました。
「自分のしていることが内包する社会に対する価値を認識している人の『やり抜く力』は強い」(引用:GRITやり抜く力)
生物は進化の課程で、生きるための行動を取ることのできる個体が優先的に生き残ってきました。
以前の僕の仮定は、自分の存続や家系の存続を第一に考えることが幸せにつながるということ。つまり、自分がより良く生き、自分の家族を守ることこそが「幸福の源」であると考えていました。
しかし、殊群れを成し、コミュニティを作ることで自然界を生き抜いてきた人類が存続の可能性を高めるという観点で考えると、先述のの仮定では少し欠落した部分が存在します。
「コミュニティを生かすこと」を考えずに、自分の近しい血縁の利益のみを求めるような集団で形成されたコミュニティは生き残ってはこなかったでしょう。
「コミュニティを生かす」という生きるための目的意識をもった個体群のみが現代につながる血縁を残すことができた。そう考える僕達の遺伝子が「社会のために生きることを幸福に感じる」ようにプログラムされていても不思議ではありません。
以上のような論理を経て、自分が「社会に影響力を持ちたい」と思っていることが無意味ではないという結論に至りました。
思えば、大学時代に非常にお世話になった「知るカフェ」の社長さんも、僕から見れば不思議なほどにやる気に満ち溢れていました。
おそらく自分のしていることの社会に対する価値をしっかり認識していたのでしょう。
しばらくは「社会で頭1つ2つ3つ飛び出したていくために自分は何ができるか」ということに目的意識を集中させていきます。
今は「楽しむフェーズ」でも「自己実現をするフェーズ」でもないので、身近な人と親密にやっていくための行動をあえて取らないようにしていますが、僕の生き方、人格、将来に興味のある方はどうか「そっとそばにいて下さい」。
「大切に思う気持ち」はいつの時代も決して変わることはありません。

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